ビバ・マツケン! 東雲の大阪てんこもり紀行
 (2001年5月19日〜20日・1泊2日)

【コロンビア】

 大阪市営地下鉄谷町線・東梅田の天王寺寄り改札を出て徒歩2分、地下道から大阪駅前第4ビルの地下1階にはいってすぐ、喫茶店というか洋食屋みたいなお店である。ハンバーグとかポークジンジャー(いわゆる豚肉の生姜焼き)やピザトーストなどもあるけど、何よりパフェの種類が豊富。ざっと20種類はあったかしら。店頭に2つあるショーケースの1つが様々なパフェで満たされているこの店の存在は、以前に大阪へ来た時から気にかけていた。その時の腹具合や懐具合、そして残り時間などの諸事情で入店を見送りつづけてきたのだが、とうとうパフェを食うためにこの店へやってきたのである。ところが、何を血迷ったか東雲、パフェばっかりのショーケースの真ん中に幅を利かす、格別に大きなパフェに心を奪われてしまった。その名も『チョコレートびっくり』。ふつうのパフェ(といっても十数種類あるが)が1,000円でおつりが来るのに、そいつは3,800円。しかも、45分以内にひとりで完食すれば無料。

 私は大食らいでも早食いでも何でもないのに、なんとなくそいつを45分で平らげることができそうな気が湧いてきてしまった。いや、たとえ完食がかなわなくても、話のタネには十分あまりある。甘い物好きにとってまたとない機会に、“あわよくば”という言葉を脳裏にちらつかせながら、うだつの上がらなさそうな男ひとり店内へ足を踏み入れる。

 時はちょうど正午。前述のように軽食も出すお店なので、入店するのに“ある種の勇気”を奮い起こす必要はない。ただ、オーダーを発する時が最も“ある種の勇気”を要した瞬間であった。

 たまたま厨房に最も近い席に通された私は、他のお客さんのところへ出入りするスタッフが、私の脇を足早に過ぎてゆくのを4〜5回やり過ごした。そしてようやく5〜6回目に男性スタッフへ目配せをして、予め出されていたメニューを指差しながら「『チョコレートびっくり』を」と手短に告げた。すると彼は「『挑戦』ですか?」と尋ねてきた。複数名で一つを注文して、みんなでわいわい言いながらつつき合うというケースもあるようだが、今、私は一人である。『挑戦』してもしなくても3,800円を払うことはほぼ確定的なのだから、ここは“あわよくば”という希望の光(幻覚とも言う)を胸に、きっぱり『挑戦』を宣言する。

 正午を過ぎて早数分、40席程度の店内は徐々に埋まり始めた。普通の料理の待ち時間としての10分間はごく標準的であるが、そいつが出てくるまでの10分間は、この上なく長く感じられた。白いガーゼを赤い耳布で縁取った20cm四方のマットが、目の前に置かれた。パフェには必ずこのマットを敷くのか、それとも赤い縁取りのマットが『挑戦』を意味するのか、このお店で普通のパフェを食べたことがない私には分からない。そのマットとともに、『挑戦』のルールを記したものが手渡された。「挑戦中は、暖かい飲み物を飲むことはできません」「挑戦中に吐いてしまったら、即刻中止です」「体調が悪くなったら、無理をせず中断してください」などなど。ずいぶんリアルである。

 ついに、そいつは出てきてしまった。……さっきから“しまった”ばかり多用しているが、今までのはわが身の浅はかさを客観視する気持ち。そして今は、関西弁で言うならば「うわぁー、やってもうた」という一段高い後悔である。

 ガラスの器は、まるで手水鉢。チーズフォンデュ用の鍋とほぼ同形、ほぼ同じサイズ。その器の深さの数倍高く、クリームやアイスが積み上げられている。丸くすくったアイスを乗せたカップコーンが3本刺さり、チョコムースケーキが3切れ、チョコマーブルアイスにミントチョコアイス。生のイチゴや栗の甘露煮もまるまる3つずつトッピング。驚くべきはその下に、ピンク色が目にもあざやかなストロベリーアイスが厚さ約3cm、薄くコーンフレークをはさんでその下は純白のミルクアイスがたっぷり。その量たるや、ストロベリーアイスだけでも、カップアイスにして3つ分くらい敷き詰められている。……パフェといえば、プリンやらホイップクリームやらフルーツやら、もっと多様な食材が乗っかっているはずなのだが、とにかく目の前に来てしまったのは、アイスクリームだらけの“自称パフェ”である。

 すこぶる見事な盛りっぷりに何処から手をつければよいものか、切り崩すのももったいないと思わせる圧倒感に私は失笑さえ浮かべながら、「それでは店の時計で(12時)55分までチャレンジタイムでーす」というスタッフの一言に促されて、柄の長いパフェ用スプーンを手にとった。カップコーンのアイス部分を一つ片付けて、上から器の奥へ掘り進んでゆくが、どこまで掘ってもアイスだらけという状況である。あれこれこねくり回しながら、溶けかかったところをさっさと口に入れようと思ったが、地下街の喫茶店は冷房がほどよく効いている上に、あまりに大量のアイスクリームなので全く溶けない。普段アイスを食べる時よりもハイペースで口に運ぶが、口の中がすっかり冷え切ってしまい、これまた溶けない。「お口で溶けて手で溶けない」というキャッチコピーがあったが、逆に手のひらへすくい取ってとろかしながら食べようかとさえ思ってしまう。カップコーンを少しずつかじりながら、口内温度の回復を図るが“焼け石に水”もとい“冷え石にお湯”である。

 20分を経過して、半分消えてなければならないはずだが、こなしたのはようやく3割である。いや、量や割合よりも、なかなか溶けないアイスを20分間口に運び続けること自体が、かなり過酷なことであると気付き始めた。拙文を読んで万が一にも“挑戦欲”を抱いてしまった読者の方は特に、ぜひ一度お試しいただきたい。バニラ・ストロベリー・チョコレート・マーブル・チョコミント・オレンジシャーベット等など、あらゆる種類のアイスを買い集めて3昼夜冷凍庫でよく冷やしておく。当日はほどよく冷房を利かせた部屋の中で、氷を敷き詰めて塩を振った大きなボウルの中に、ガラスの器を浮かべて多種のアイスを盛り付け(あるいはカップアイスを積み上げ)、45分間休むことなくアイスを食べ続ける。無論、温かいお茶など置いてはならない。

 時刻は12:28。時間的にはちょうど半分を過ぎたところだが、だんだん腹が重くなってきた。“挑戦”開始前まで読んでいた注意書きの「挑戦中に吐いてしまったら、即刻中止です」「体調が悪くなったら、無理をせず中断してください」という文言が鮮明に思い出され、急激に弱気になってくる。何か興奮を催すような、体温が上がるようなイマジネーションを働かせて、胃袋と口内温度を今一度回復させなければ、とは思うのだが、適切なイマジネーションを選ぶ気力が失せている。制限時間いっぱいまでチンタラ食べつづけていても良かったのだが、ここはきっぱりと「リタイヤ」を宣言した。

 制限時間を残してリタイヤしたのは、挑戦中は禁じられている温かい飲み物を飲みたかったからである。スタッフの方に、温かい緑茶があったら持って来てほしいと頼んだのだが、この喫茶店にはお茶がないというので、洒落たティーカップに白湯を少し入れて持ってきた。これで感覚が麻痺しかかった口の中を温めることができる、と一口ふくんだのだが、……どうやらかなり熱いらしい。まだ口の中が冷たくて麻痺しているので、よく分からぬまま熱湯を飲んでしまい、おかげで口の中をまんべんなく火傷してしまった。帰ってからの数日間は、仕事前に飲む一杯の熱いお茶も、おやつのポテトチップスも、口の中を刺激してしまい、満足に飲み食いできなかった。でもアイスクリームを二度と食いたくないとは思わない





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