ビバ・マツケン! 東雲の大阪てんこもり紀行
 (2001年5月19日〜20日・1泊2日)

【串カツ専門店・やぐら】

 『マツケンサンバII』が頭の中に流れたまま、私は西日が強い大阪ミナミの街をうろうろ彷徨った。なんばから道頓堀川を渡ってアメリカ村を通り抜け、心斎橋筋を下がると再び道頓堀川に架かる戎橋。“ナンパ橋”の異名を持つ名所として知られるが、私が通りかかった土曜の夕方は、ストリートライブや自作アクセサリーの露店などが出ていた。そのまま戎橋筋を南下して、難波本通から千日前界隈をそぞろ歩いて、北行き一方通行の堺筋につき当たると、日本橋(にっぽんばし)2丁目。北隣の日本橋1丁目が“日本一”と略されることは有名だが、見向きもせずに堺筋を南下する。

 日本橋3丁目にさしかかると、ヤマギワにソフマップ、そしてジョーシン・ナニワ・ニノミヤ等など、「東の秋葉原・西の日本橋」と並び称される電気街・電脳街が広がる。ここでポイントなのは、東京のは「秋葉原電気街」と呼ばれるのが一般的だが、こちら大阪・日本橋は「でんでんタウン」という愛称があるということ。大阪まで来て家電やパソコン用品などを買い込むつもりは毛頭ないのだが、ついつい各店を片っ端から冷やかしてしまいながら(うわっ、安ッ!とか驚きながら)、結局またなんばまで戻ってきてしまった。

 南海難波駅の下にある地下街「なんばCITY」を通り抜けて、地下鉄なんば駅の改札口を横目に人ごみをすり抜けると、観劇前に大阪寿司を買い求めた寿司屋の前へ出た。その先の近鉄難波駅から、近鉄奈良線に乗り込んでたった2駅、上本町で下車。地下改札口を出ると、目の前には「ハイハイタウン」の入口がある。地下街と専門店ビルをいっしょにしたような建物で、この地下1階の奥に串カツ専門店「やぐら」がある。

串カツと焼きおにぎりと自主制作盤『やぐら行進曲』  2000年夏、桂雀三郎withまんぷくブラザーズの『ヨーデル食べ放題』が、焼肉屋とスーパーの精肉売場を中心に大ヒットした。これはもともと、桂雀三郎師匠が“五十の手習い”と称してギターを習い始め、自分の落語会でコミックソングを唄っているうちに歌のほうが人気になったとのこと。特に彼の行きつけの串カツ屋「やぐら」のテーマ曲を作ったところ京橋界隈で好評を博し、シングルサイズのCDに5曲詰め込んで自主制作のミニアルバム『やぐら行進曲』を発表。そのうちの1曲である『ヨーデル食べ放題』が1996年に東芝EMIからシングルカットされたのである。

 ニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」が発掘したおかげで、4年遅れで火がついたヨーデル大ヒットの後、2000年秋には東京でコンサートが行われ、その模様が『雀肉共食〜雀サマ聴き放題〜』としてライブ盤になった。「やぐら」関係では、自主制作盤から『やぐら行進曲』『二人のやぐら』、そしてその続編『やぐら情話』の3曲が収録されている。……これほどまでに雀三郎師匠が入れ込む「やぐら」を訪れて、串カツを味わってみようと思い立ったのである。

 10坪足らずの手狭な店で、20席程度のカウンターに三方から囲まれた真ん中に、串カツを揚げる“鍋”が据えてある。鍋に向かうご主人を真横から覗き込む位置に座り、豚肉・ししとうと生ビールから始める。当然串カツは注文を受けて目の前で揚げ始めるので、まずはビールの中ジョッキだけ来るかと思いきや、おかみさんは一緒にソースとキャベツを持ってきた。小皿にたっぷり入ったソースは、スパイスを利かせたやぐら特製。そしてみずみずしく肉厚なキャベツは、千切りでも短冊切りでもなく、4〜5cm角と大きめに切り分けたものが小鉢に盛られている。味付けはされていないので、ビールと一緒の“お通し”ではなく、串カツの付け合せらしい。

 「♪やぐらの兄ちゃんは〜、色が白くて男前」と『やぐら行進曲』で唄われたご主人は、なるほど誠実なまなざしで鍋と対峙している。キャベツの端に特製ソースをちょいとつけて少しずつかじりながら待つうちに、薄くついた衣がうっすら色づいた程度の串カツが揚がってきた。豚肉は硬くならず、ししとうもシャッキリほろにが、期待を裏切らぬ美味である。

自主制作ミニアルバム『やぐら行進曲』  『雀肉共食』を聴いてこの店へやって来たことを話すと、昨夏以降に雀三郎師匠の歌を聴いてきたというお客が、爆発的ではないけど東京方面からもぼちぼち来るようになった、とのこと。ご主人はわざわざ、自主制作盤の『やぐら行進曲』(←写真左)を出してきてくれた。1.やぐら行進曲/2.二人のやぐら/3.雨の片町線/4.はまかぜラプソディー/5.ヨーデル食べ放題。片町線(現在はJR学研都市線という愛称の方が一般的)は、「やぐら」がかつて店を出していた京橋を通る電車である。4曲目に出てくる「はまかぜ」は、大阪から山陰へ行く特急ではなく、「やぐら」のご主人のお兄さんが南紀・白浜で開いているペンションのこと。兄弟思いというか商売熱心なご主人が、CDを見せるついでに「はまかぜ」のパンフレットをくれたので、中を開いてみれば、ここにもちゃっかり雀三郎師匠がコメントを寄せている。……いずれもタイトルからして濃厚そうな唄ばかりで、私の手元にも1枚置きたくなってしまうのだが、ご主人曰く150枚程度しか作らなかったそうで、最近ではネットオークションでプレミアまでついて取引されているとか。ちょうど私が来る前日には、ノートパソコン持参のお客がやってきて、この限定盤を借りてCD−Rへコピーして帰っていったという。

 私が訪れた当日は、大阪市内で雀三郎師匠も出演する落語会があったそうで、店内の客が私以外に3〜4人というのはそのせいかもしれない。店内には、雀三郎師匠のライブのチラシや、他の落語会の案内チラシも張ってある。道路拡幅で京橋南商店街から立ち退きになるまで、京橋在住の雀三郎師匠が毎夜のように通いつめていたというから、落語・演芸ファンも集まるのだろう。上本町のハイハイタウンに入ってからは、営業時間(14:00〜22:30、日曜休)が師匠の都合と合わなくなったせいもあって、たまにしか来なくなったという。……そもそも、24時から開店という京橋時代の方が、異常といえば異常である。ちなみに、上本町へ移転してわずかながら広くなったお店を手伝ってもらうために雇った女性が、今では“おかみさん”である。

 ご主人・おかみさんとも話ははずみ、ほろ酔い加減で腹もふくれたので、さてそろそろと会計をしめてもらえば、ビール2杯から串カツあれこれに焼きおにぎりまでで、なんと2,990円3,000円出して「お釣りはいらないよ」とやらかそうかとも思ったが、落語家をお得意様に持つお店でそんな陳腐なギャグをやってあざ笑われてはアホらしいので、素直に10円玉のお釣りを受け取って、「ごちそう様〜」と晴れやかに店を出た。

 その晩泊まった宿は、地下鉄御堂筋線・西田辺駅から徒歩5分の「シティinn西田辺」。税サ込4,410円で部屋はそこそこ、さらに朝食つきである。ただしその朝食は、さほど広くないロビーでセルフサービス。トーストは自分でオーブントースターに入れて焼き目をつける。ゆで卵は薄皮がむけない。でもコーヒーは好きなだけ飲める。私の中では100点満点の63点で、一応及第点をあげておく。




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