ビバ・マツケン! 東雲の大阪てんこもり紀行
 (2001年5月19日〜20日・1泊2日)
新歌舞伎座前の入り待ち

【松平健特別公演】

 初夏を思わせる強い日差しの下、10:40頃に新歌舞伎座の前へやって来た。前の歩道に、高島屋(南海なんば駅)方向へカメラやビデオを向けたおばさんたちが列を成している。誰か出演者の“入り待ち”だろうか。今公演の、松平健の相手役には元宝塚の杜けあきが出るそうで、そういえば宝塚ファンの雰囲気にも似ている。事前に電話で直接予約してあるので、正面の2番窓口で席種と名前を告げて、5,000円支払って観劇券を受け取る。日程が迫っていなければ、電話予約後にチケットが自宅まで送られてくるらしいが、送料700円が余計にかかるというので、窓口引換えはむしろありがたい。

 16時頃終演予定なので、昼食のチャンスが限られてしまう。入場前に腹ごしらえしても、途中で眠くなったらどうしよう。幕間に館内の食堂で“幕の内御膳”なんぞ味わってみるのも面白いが、高そうである。幸い、すぐそばには地下街「なんばウォーク」があるので、ウロウロ歩いて品定め。11時に開店したばかりのお寿司屋さんで、大阪寿司の折を一つあつらえてもらう。あとは劇場脇の自販機で、ペットボトルの緑茶を1本買って、幕間の心配はなくなった。

新歌舞伎座正面玄関  劇場正面へ戻れば、当日券窓口の長蛇の列が動き始めており、予定通り11:00に開場した様子。新聞社発行の3階B席を本日は何席割り当て、と掲示してある隣には「お直り料金」というのがあり、席種をグレードアップするための追加料金のこと。新聞社主催の観劇会があるのか、それとも勧誘員が配りつけたのか。少なくとも埼玉県在住の私の家には、新聞拡張員が観劇券を配りに来ないので、わからない。

 正面玄関を入ると、床はふかふかの絨毯敷きで、正面には食堂の予約受付。その並びには土産物屋と、なぜか婦人服を売っているコーナーがある。1階ロビーには当然のごとく松平健グッズが売られており、手拭い・スカーフ・あぶら取り紙・携帯ストラップ、CDやテープはベスト盤から挿入歌『斬って候』、そしてあの『マツケンサンバ』まで。1ヶ月公演なのでグッズが底をつくとは考えにくいのだが、ついつい気が急いて、本日の公演のプログラムと『マツケンサンバ』シングルCD、そして手拭いを早々に購入、あとは開演を待つばかりである。

 劇場内をウロウロするが、やはり観客の年齢層は高く、24歳の私が一人紛れ込んでも、平均年齢は高値推移するばかり。男女別では女性が格段に多いが、定年後の男性もちらほら見られるのは、数十年来のチャンバラファンか。ロビーから1階席、そして2階席へ上がる2基のエスカレータは、開場直後から人が途絶えない。圧倒的多数の中高年層であふれるエスカレータを敬遠して、これまた絨毯敷きの階段で昇れば、私の席は3階A席の1列目46番。客席部の奥行きが短く、3階席といっても舞台からの水平距離は思ったほど遠くないのだが、舞台のセットや背景の書割が奥行きをもって配置されているのを、3階の高さから見下ろすので、舞台全体がなんだか不自然にゆがんで見える。

松平健特別公演のパンフ  手洗いを済ませて、席に着いてプログラムを開く。白馬にまたがった暴れん坊将軍の表紙をめくれば、髪型をオールバックにしてタキシード姿の松平健がごあいさつ。続いて、お芝居の出演者の顔写真が少しずつ15ページに渡って紹介され、舞台のハイライトシーンも。テレビシリーズが今夏7月から再スタートすることを伝えるページに続いては、松平 健 ―永遠の将軍さま”と題された、新聞社の文芸記者によるインタビューページ。……あったあった、マツケンサンバのルーツを語るくだり。

「もともとレビューが好きで時代劇のミュージカルみたいなものをしたかったんです。ショーはその足がかりとして始めました。最初は洋物のショーだったんですが受けなくてね。五、六年後に、着物を着て和物のショーに変えてやりだしたんです。松健音頭から始まって色んな曲を歌い、フィナーレで共演者のみなさんにも出てもらってマツケンサンバで終わります。楽しい方がいいというので乗りのいいサンバになりました。元気になれますしね」
 “松健音頭”というのも大いに気になるが、当日の出し物には残念ながら予定されていない。しかし、必要以上に豪華絢爛な衣装の写真の数々は、本番への期待をいやが上にもかき立てるし、お芝居のあらすじや主要出演者のプロフィールに至るまで、1,000円払わせるだけあって結構な読み応えである。自分がよほど好きで詳しく知っている出し物でない限り、この手のプログラム類は買っておくべきである。好奇心だけではカバーできない知識不足を開演前に補い、終演後は思い出を鮮やかによみがえらせてくれる。

 などと御託を並べているうちに、時刻は11:55。お芝居の開演前はブザーの代わりに「カランコーン、キーンコーン」という鐘の音が鳴り渡る。やがて女性アナウンスで「松平健特別公演・第一部“暴れん坊将軍―吉宗紀州へ帰る―”第一幕、開演で御座います」と静かに読み上げられると、すうっと暗転したかと思いきや、突如劇場一杯にドドドーンと大音声で始まるイントロは、テレビでもお馴染みの“暴れん坊将軍”のテーマ。暗転したままテーマ曲を最後まで流すと、いつの間に開いた緞帳の向こうもまだ薄暗い。人里離れた山間のあばら屋から、物語は始まる……。

 さて、肝心のストーリーがどんなだったかを書こうとすると、パンフレットに書いてあるあらすじ丸写しになってしまうので、ここはバッサリ斬って割愛。劇中唯一の珍プレー(クスグリどころではなく)は、二条城御座の間に将軍吉宗が現れる時、舞台袖の見えないところから近習の侍が「上様の、おな〜り〜」と張り上げるべきところを、前のシーンにつられて「上様の、お立〜ち、あッおな〜り〜」とやってしまい、場内大爆笑。吉宗着座後もしばらく客席の笑いとどよめきが収まらなかった。場面はちょうど城内の座敷であまり動かず、緊迫したシーンの狭間のクッション的な場面だった為、物語をぶち壊しにする致命傷にはならなかったのが幸いであった。これが当時、もし現実に起こったら、しくじった家来は即刻絶命させられたか、それとも懐の広い吉宗公が聞こえないふりをしたか……?

 幕間は30分ずつ2度あり、その度にお手洗いや食堂は大混雑。そんな中で私は、お芝居半ばの1回目の幕間で、入場前に「なんばウォーク」で買ってきた大阪寿司の折をひも解いて味わうこととする。押し寿司も太巻きも、華やかだけどくせのない、大げさに言えば“食い倒れ文化の粋”をつまんだような気分。残さず平らげた頃に、右隣に座っているおばあちゃんが戻ってきた。おばあちゃんといっても、よぼよぼと弱々しくなく、オバハンというほどふてぶてしくない、江戸っ子のような気風の良ささえ感じられる、小粋な浪花のおばちゃんである。見ず知らずの私に、開演前からちょくちょく話し掛けて来るが、しつこくも煩わしくもない。少しずつ言葉を交わせば、大阪市の北に隣接する千里ニュータウンに住んでいて、なんと私と同い年の孫がいるとのこと。数日前に突如思い立って、今日は一人で観劇に来たという、フットワークの軽さ。話の合間に、急にかばんをごそごそ探り始めたと思ったら、“飴ちゃん食べる? 少ないけど”と3つくれた。おばあちゃんにとって、お孫さんと私を重ね合わせているようであった。

 吉宗が紀州の浜辺にたたずみ、大きく手を振って船出を見送るラストシーンで、第一部のお芝居は感動のうちに幕。2回目の幕間をはさんで、いよいよ第2部「唄う絵草紙」の開幕。孔雀の羽のような金ピカの扇形をバックに、まずは十数名の天女に伴われて天帝降臨。芸者姿の杜けあきが花道から出てきて『深川』を唄う間に、小ざっぱりと浴衣姿の鳶頭に扮したかと思えば、次は派手な着流しで民謡メドレーと、テレビ版“暴れん坊将軍”の挿入歌『斬って候』をハンドマイクで歌い上げる。再び杜けあきが出て踊った後は、宝船に七福神という趣向。お芝居にも出た男性陣が6人出てきて、7人目の松平健はなんと弁財天。面白おかしく踊って見せた後は、またまた杜けあきが出てきて、早変わりの松平健と共に『さくらさくら』を舞う。

『マツケンサンバ』CDシングル  そうこうしているうちに、1時間足らずの「唄う絵草紙」は華々しくフィナーレへ突入。私の今回の大阪旅行のメインイベントがやってきたのである。ピンクの羽根扇子を手にして、ピンクの光沢の着物を着た“太秦スクールメイツ”みたいな女性たち(腰元?)がぞろぞろ飛び出してきて、『マツケンサンバII』のイントロが流れ始める。場内はすでに笑いが起こり始め、1分以上ある長いイントロにじらされながら、手拍子とともにテンションが上がっていく。そして、全身スパンコールで帯までラメ入り、よく見れば着物の縁から錦糸の房が優勝旗のようについていて、さらに左右のこめかみからの鬢(びん)のほつれ毛までキンキラさせて松平健が颯爽と登場、舞台の左右を一杯に使って、所狭しと跳ね回る。1階席の前方には、幕間にロビーの売店で売っていた光る腕輪(祭りの夜店でも売っている、パキッと折り曲げると蛍光するアレ)を振っている。

 やがて、お芝居に出ていた年配の役者さんも、キンキラの着物に身を包んで踊り出て、いわゆるオールスターキャスト揃い踏みで華々しいフィナーレであった。ひとしきり唄い踊った後、座長・松平健から締めくくりの挨拶。「大阪のお客さんはいい人ばかりで、ええ。この公演もあと10日くらいやっていますので、もし良かったら、……大阪のお客さんはいい人だ」(笑) 挨拶の後ろにも『マツケンサンバII』がBGMとして流れていたなと思ったら、左右・中央にお辞儀を切ってからまたみんな一斉に踊り出し、「♪マ・ツ・ケ・ン、サーンーバ〜〜〜〜〜〜、オレ!と緞帳が下りるまでとことん踊り続け、観客も名残惜しく手を振り拍手を送り続けていた。もっとも、音楽のコンサートではないので、さすがにアンコールの声は起こらなかった。

 客席が明るくなって、隣のおばあちゃんにお礼を告げて廊下に出れば、窓から見える御堂筋はまだ陽射しが強く、時刻は15:55。ロビーに出て時間表を見たら、2回の幕間も終演も、まったく時間どおりの進行だったことが判明。1ヶ月公演だからこそ、毎日安定した舞台進行が重要なわけで、アドリブの応酬やハプニングを期待するのは的外れなのだが、それでも十分に楽しませてくれた4時間弱であった。

 まぁこういうご時世、テレビでは思いッきりチャンバラをやれなくなってしまったが、生の舞台では昔ながらの(私は昔のを知らないのだが)大立ち回りを迫力一杯に見せてくれる。チャリンとかズバッとかいうテレビ的効果音はないけれど、計算しつくされた“動”と“静”の断続に、舞台上と客席が一体化した瞬間であった。





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