で、土屋前知事が辞める間際に話題になったのが、「西秩父桃湖」という名前のダム湖。名称公募では、土屋前知事の長女・市川桃子被告の名を取って知事のご機嫌を取ろう、という地元土建業者の組織票が功を奏して、桜の名所でこそあれ桃の木など1本も植わっていないダム湖に“桃湖”という珍奇な名がついてしまいました(ヤマモモならたくさんある、という苦しい言い訳も出ましたが)。週刊『SPA!』2003年8月5日号では、“土屋王国”が産んでしまった県内各所の“負の遺産”を目の当たりにして、大川興業前総裁・大川豊氏がテンションを低くしている模様が報じられました。そんな土屋ショックと県知事交代から3ヶ月、いい加減にほとぼりも冷めた西秩父桃湖がある埼玉県秩父郡吉田町へ、紅葉狩りがてら出かけてみようと思い立ちました。……紅葉はそんなにきれいじゃなかったですけど。
| 「この施設は、水源地域対策特別措置法に基づく水源地域整備事業により建設されたもので、下流受益者の交付金が含まれております。」 |
比較的新しくて広い道を登れば、駐車場にダム管理事務所、さらに“桃源亭”とかいう小さな食堂兼みやげ物屋があります(写真右→)。どこかのwebページに“素朴な味の手打ちそばが人気”と書いてあったような気がしますが、入口の事務的なアルミサッシも含めて、そのお店にはそば屋らしいたたずまいが見られず、ここでそばを食いたいとは思いませんでした。……実際にそばを食ってみて“当たり”なら、それはそれでめっけもんなんですけど。
その隣にある管理事務所は1階が展示室になっており、合角ダムをどうやって造ったのかオオサンショウウオ坊やとナマズおじさんが教えてくれるビデオを見られます。まあ、ありがちですな。あ、そうそう。“桃源亭”と管理事務所の間に、湖底に沈んだ小鹿野町倉尾地区にあった石を使ったという命名碑がありました(←写真左)。「埼玉県知事 土屋義彦 謹書」ですって。
そのバス停のそばに、コンクリートを打ち付けた斜面をはい上がるような、丸太を組んだ階段が。ダム建設にも携わった大手建設会社の銘板をみつけながら212段を上りきると、その上は4畳ほどのスペースの“展望台”になっていて、ダムと湖を見下ろすことができます。ただし午前9時から午後4時までの時間制限つき。管理事務所の職員さんが、階段の上り口に鎖を渡して錠をかけるのでしょう。
その展望台から北側を望めば、吉田町元気村と、塚越・上吉田の集落が見えます。←写真左の左端、川沿いに立つ白い大きな建物は、こんな山間には似つかわしくない3階建てのアパート。“塚越団地”だそうで、ダム建設に伴う代替住居ではないかと思うのですが、どうなんでしょう。



さっきの龍勢会館に隣接して建っていたのは、本作の主人公・井上伝蔵の家(丸井商店)を復元したもので、撮影終了後は資料館になるそうです。また、龍勢会館から南へ500mほどのところには、秩父郡大宮郷(現在の秩父市中心部)を再現したオープンセットが組まれています(←写真左) し、先述の吉田町元気村はスタッフや役者の宿舎になったり、体育館の中にもセットを組んで撮影したりしているそうです。